「木魚」の由来とは?

本記事では「木魚」の由来について解説していきます。

それでは早速参りましょう。

この記事を書いているのは

こんにちは「harusuke」と申します。

2012年駒澤大学卒業後、禅の修行道場で修行経験を積み、現在は都内でサラリーマンをしております。

さて、我々は寝て起きると「昨晩食べたもの」がきちんと消化されています。

それではその食べたものを寝ている間に消化してくれたのは果たして「私」でしょうか?

ようこそ、真実を探求するブログ「禅の旅」です。

目次

木魚を使うお経と使わないお経がある

まず本題に入る前に、「大悲心陀羅尼」というお経をあなたはご存知でしょうか?

大悲心陀羅尼(だいひしんだらに)とは正式には「千手千眼観自在菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼(せんじゅせんげんじざいぼさつこうだいえんまんむげだいひしんだらに」と言います。

そしてこの大悲心陀羅尼というのは、観自在菩薩(観音さま)の大慈悲をあらわした経典なんですね。

さて、道元禅師がおひらきになった「曹洞宗」では、毎朝のお勤めに「朝課(ちょうか)」というものを行います。

そして毎日毎日、朝早くにこの「朝課」というお勤めをするのですが、そのお勤めの中で「木魚」を使ってお唱えするものと、「木魚」を使わないでお唱えするものとがあります。

今回の「大悲心陀羅尼」はこの木魚をついてお経を唱えていくんですね。

このように「木魚」を使うお経と使わないお経とで分かれる理由は何なのでしょうか?

「木魚」が用いられるようになった経緯

黄檗隠元(1592-1673年)wikipedia出典

それではここでようやく本題に入っていきたいと思います。

そもそも「木魚」というのは、「黄檗宗」をお開きになった黄檗隠元(おうばくいんげん)禅師が日本に初めて訪れた時に、その同時にこの「木魚」も伝えたと言われております。

それまでは「木魚」という仏具は日本にはなかったんですね。

そのため勿論、この「木魚」を打つという習慣も日本にはありませんでした。

しかしこの「黄檗禅師」が日本に到来し、「木魚」をお経の中でも使うようになったのです。

要するにこの「木魚」を使用して、「音頭取り」をするようになったわけなんでね。

木魚をすべて燃やした

しかし、お経の中でその「木魚」を使って音頭取りをする習慣を、当時永平寺の五十代住職であられた「玄透即中(げんとうそくちゅう)禅師」という方が非常に拒まれるんです。

というのも道元禅師から由々しく、「正伝の仏法」を守り続けてきた当時の永平寺においてもこの「黄檗宗」の習慣に乗っかるような形をとっていたのです。

要するに当時の流行に流されてしまい、多少ながらも永平寺内でもこの「木魚」の使用が認められていたのです。

そのくらいこの木魚の影響力があったというわけなんですね。

因みに現代の永平寺においてはこの「木魚」の使用は一般的に認められております。

それでも五十世の「玄透即中(げんとうそくちゅう)」禅師が晋山(住職になること)をした時、法堂(本堂)や仏殿にある「木魚」を全部、山門頭に放逐して燃やしたという経緯があるんです。

それは何故かと言うと、こうして「木魚」を使い、「音頭」を取って気持ちを高ぶらせてお経を読むのは「仏法」にふさわしくないというんですね。

そのような読経(お経を読むこと)の仕方を我々が真似してやらなくても良い。あれでは念仏宗と違いないではないか。

といって、永平寺山内にある「木魚」を全て放逐したという経緯があるんです。

木魚が世間に広く根付いていった経緯

永平寺において「木魚」を使う際は、音頭取りの如く「大悲心陀羅尼」を詠むんですね。

例えば、「木魚」を使った「大悲心陀羅尼」では、「な~む~か~ら~た~ん~の~と~ら~や~や♪」と始まっていくのですが、「木魚」が伝えられる前までは、息を吸って吐くだけの呼気読み形式で、この「大悲心陀羅尼」を読んでおりました。

そして、そうした本山の与える影響力は高く、それからというもの全国のほとんどのお寺で「木魚」を用いた音頭読みが用いられるようになったと言われているんです。

これが「木魚」が広く世間に根付いた要因だったんです。

ただそんな中でも、現在の神奈川県横浜市にある「西有寺(さいゆうじ)」というお寺では、世間でこの「木魚」を使った音頭読みが流行していたにもかかわらず、律儀にその呼気読みを遵守していたと言われております。

現在は「木魚」は大切な仏具として全国で用いられているし、曹洞宗でも「木魚」を用いての「大悲心陀羅尼」の読経が広く一般的になっております。

何故なら、「木魚」を使って音頭を取りながら読経していくことで、大衆みんなで調和を揃えて読経することが出来るからです。

そして大衆みんなで声を合わせ読経をしていくことで、調和が取れていくのです。

なのでこの「木魚」における元々の目的というのは、僧侶が唱えるお経において「音頭」をとるために用いられていたという訳なんです。

それが今も根強く残っておるため、今日の法要などでもこの「木魚」が用いられているという訳なんですね。

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