harusuke– Author –
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この咄嗟の「怒り」とどう向き合うか?
先日、自転車に乗っていたんです。 東京品川区は、さほど広くない通りをその自転車で愉快に走っていたら、見知らぬ若者に声をかけられたんですね。 どうやら私の自転車操作が気に食わなかったらしく注意をされました。 その際「すみません」と言って立ち去... -
なぜ我々は「仏」なのに修行が必要なのか?それは修行することが「生きる」ということだから。
道元禅師は「本来我々は皆仏であるというのに、なぜその上で修行をする必要があるのか?」という疑問を胸に中国へと渡りました。 そしてその中国で如浄禅師と出会い、その解を見出します。かの「身心脱落」です。 今回はその「解」に関する話です。 我々は... -
いつの世も尽きない「人の悩み」。そこで道元禅師を学ぶということ。
我々人間は、 「何故人は生きなければならないのか?」 「何故私はこの世に生を受けたのか?」 「人の真の生き方とは何なのか?」 こういった疑問を常に抱えながら生きております。 この疑問を解決するべく生きている、そういっても過言ではないかもしれま... -
「仏作仏行」。人間の夢、日常に溢れる夢。また真の「仏道者」とは?
以前以下3つの記事でも言いましたが、 世界とは「仏のみ」です。私もその「仏」です。 それを思うと普段の生活の場の「見え方」が変わってきます。 ぜひその「見え方」で人生を歩んでほしいのです。 ここは真実いっぱいの、仏いっぱいの世界であり、それ以... -
「眼横鼻直」。大自然の摂理。私は大自然の所有
迷いや不安は尽きない。いつも悩んでばかりいる。これが人間です。 まずあり方として、世界と私とは1つです。2つとしてこの世界が分裂することはない。鳥の声が聞こえ、自分の耳を震わせるのは鳥が自分だからです。鳥によって自分という命が起こされている... -
「普段の生活の尊さ」、仏教は生活教。我々の「生きる目的」は普段の生活にあった!?真実とか悟りとか、そのような詮索はどうでもいい?
仙台の冬は寒い。薄暗い早朝より、凍りつくぞうきんで板の廊下をふいているときであった。何ともいえぬ感激が込み上げてきて、思わず涙が溢れた。理屈なしにありがたかった。我が家にいる頃はまだふとんの中で惰眠をむさぼっている時間に、このようにすか... -
女性(美人)は仏道の邪魔になる?
今回は少し肩の力を抜いて記事を書いてみました。 半分本気の、半分冗談めいた記事です。ブレイク時間としてお読みください。 仏道を邪魔するということ 私は「男」です。やはりそれなりに色欲があります。だらしないことに女性が大好きです。きれいな女性... -
「今、ここ、この自己」の尊さ。自己が尊いのはこの世界は全て「自己」の展開だから。真実がこの「自己」だから。
今、ここ、この自己。今の私には「これ」しかありません。 また未来においても、過去においても、今、ここ、この自己。その積み重ねをただしてきたわけです。これからもしていくわけです。 生きるというのは、今、ここ、この自己の積み重ねです。 生きてい... -
「人」に評価されずに生きることが実は尊い。
「人間同士の評価」が必ずしも大切だということはありません。 人に評価されること、それはそれでいいのだけれど、それが全てではない。そこで評価されることに囚われてはいけないということです。 ここは仏の世界で、肝心の私がその「仏」そのものだから... -
仏法と道理(自然)について
「仏法とは道理の教えである。」 これはかつて永平寺で修行され、その後總持寺でもご活躍された佐藤俊明老師著の「修証義に学ぶ」という書籍に記されていた言葉です。 まさにその通りだなと共感したので、今回その思いについて述べてみたいと思います。 仏...