harusuke– Author –
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本当のこと(宗教)とは「足を組んでいる」こと。
神だろうが、仏だろうが、神を信じるものであろうが、仏を信じるものであろうが、あるいは無宗教者であろうが、なにであろうが、何者であろうが、誰しもが、腹が減り排泄をし、呼吸をします。 人間だけでなく、犬でも猫でも、鳥でも虫であってもそうです。... -
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手を合わせる生き方、仏教のある生き方、「人」の生き方
効率化を求めるあまり、今の人間は枝を剪定しすぎた樹木のようになっている。もしかしたら我々というのは現実的な、物理的なことはどうでもいいのかもしれない。例えば亡き母親の遺影に向かって毎朝「おはよう」と語りかけること。それによって1日が始まる... -
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仏法は「無我にて候う」。
我々は何か物を判断する時は必ず自分の「物差し」で判断をします。「犬のうんちは汚い」とか「ダイヤモンドは美しい」とか。 そういった自分の「物差し」というのを人間であれば必ず誰しもが持っており、それを元に生活を送るわけです。 もちろんそのよう... -
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たった「1つ」のこと/足を組みなさい
以前↑こちらの記事にも書きましたが「何かを見ること、何かが薫ること、針で指を刺すと痛みを感じられること、味を感じれらること。生きること、死ぬこと。」我々にはこのような感覚や、決まり事が初めから備わっております。 例えば「熱湯」に手が触れた... -
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我々には「それ」以外のことがない/たった1つのこと/「ある」ということ。
「たった1つ」というのは「それ以外ないということ。」あるいは「そこには本当にそれ以外のことがない」ということになるわけですが、この世界はそのたった1つのことです。「世界」と言う以前に、「たった1つのこと」です。全ては「たった1つのこと」です... -
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フランスでも大人気な「禅(zen)」について
大自然の人、真実の人、全体の全体の人、たった1つの人、人間のそれの人、心のままの人、ありのままの人。抽象的ではありますが、私は仏法者について、あるいは「人」の本当にあるべき姿というのは、「そういうもの」であるべきだと思っています。 時に良... -
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たった1つのこと(坐禅)
我々には「今、この瞬間」だけが存在しております。これは意を介す必要のないことで、紛れもない事実でしょう。 つまりそれは「全てには今しかない。すべてのことはいま、ここのことだ」という意味です。例えば電車に乗っていること、コーヒーを飲んでいる... -
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仏法とは人の生きる道/大人にこそ仏教を/大人の人権学習/たった1つのこと
ここは「全体の全体」です。あるいは「たった1つのこと」です。真実がそうなのです。 なので結局はその「真実どうするか」ということだと思うのです。つまり「全体の全体」としてどうするか、たった一つのこととしてどうするか。つまりここでは「仏様とし... -
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【簡潔】仏法、もしくは坐禅について
人間生活というのはプライドや感情のぶつかり合いです。そこにいるのは人間同士。どうしても概念が先行してしまうのであって、残念ながらそれは免れることができません。地位や名誉、権力や価値観。そうした目に見えない、不確かなものによって、我々の人... -
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生命の実物(仏法)/誰もが常に「仏法そのもの」。
先日縫い物をする機会があって、「針」を使いました。その針を誤って自分の指に刺してしまったんですね。今回はその時の話です。 「指に刺したくらいでどうってことないではないか・・・。」この記事をお読みの、あなたはきっとそう思われるでしょう。 し...
