2025年– date –
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損翁宗益禅師、大悟の経緯。「全て仏だった・・・」全部「仏」シリーズ②
昔、江戸時代に「損翁宗益」という曹洞宗の僧侶がおりました。その損翁禅師がかつて師匠にお仕えしたのは「蘭洲」というお方です。 どちらも有名なお坊様です。 当時の江戸時代は曹洞宗門下が衰退しきっていた時代だったと言われております。宗門僧侶の多... -
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なぜ我々は常に救われているのか?それは常に「仏」として生きているから。全部「仏」シリーズ①
年の瀬。寒い日が続きますのでご自愛ください。 さて、前回執筆した↑こちらの記事では、例えば「満員電車」では立っている人間と、座っている人間とがおり、満員の中立っているのだから辛く感じている人間がいる一方、席に座ることができた方は、それは確... -
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お釈迦さまとはどういう人だったのか?我々とは「何なのか」?そのお釈迦さまの「仏教」とは何か?
「法華経」には次のような内容があります。 私がこの上ない悟りを得て仏になったのは、実はすでに遠い昔のことで、数えることも言葉でいい表すこともできないほど遥かな過去のことなのです(ひろさちや訳) 「法華経」とは「妙法蓮華経(みょうほうれんげ... -
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チベット人に見る「仏教の教え」とは何か?「仏」とは何か?
仏教が盛んな国として知られるのが「チベット(現中国)」です。 彼らは普段からマニ車を回したり、聖地を巡礼したり、五体投地をしたり、ラマ僧に多額のお布施をしたりしています。 そういったことが昔から日常的なのです。 生死輪廻を信じ、来世のために... -
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どう「踊るか」、どう「調理するか」ということだけ。ここは1つの世界だから。極楽浄土だから。仏の世界だから。
何かを思ったり、何かをしたりしている、我々の「一切合切」。 しかし今そこで何か思ったり、行動したりすることは、自身の活動ではないというのですから驚きです。 それはある種「運命」のようなもので、決められていたものだということです。どうするこ... -
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我々が生きること。それは「仏」に導かれるということ。何があっても大丈夫。この世界は「仏」。その実態とは?
我々人間が生きるということは、つまり「何かを考え、行動する」ということです。 何かを考えること、そして行動すること。 簡単に言えばこれが我々の生活規則であって、生活態度であって、常にこのどちらか、あるいはそのどちらをも、そこで繰り広げてい... -
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L’Arc〜en〜Cielの「finale」にみる、大自然の有り様。
日本を代表するアーティストに「L'Arc〜en〜Ciel」がいます。 私も大好きなアーティストグループの一つです。 そのラルクが提供する楽曲に「finale」というものがあります。私はこの曲が大好きなのですが、その中の歌詞に、 「永遠に沈むその祈りに答えも... -
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「食えないなら食うな。」頼むよ、若きお坊さん方。
生きていくためには食わなければいけない。そのために稼がなければいけない。誰もこの宿命からは逃れることはできません。食べなければ死んでしまうから食べる。そして食べるために稼ぐ。我々にとって生きる意味はこれだけなんですね。とはいえ、もう少し... -
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我々はなぜ生きるか。何のために生きるのか。
「死してもなお仏。」これは間違いのない事実ですが、やはり死ぬのは悲しいことです。 私たちはいつか死ぬのであります。 いずれ終わってしまうというのに、一体我々は何のために生きているのか、あるいは何のために生きていくのでしょうか。 このように普... -
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仏とは「乾屎橛(くそかきべら)」だ。非常に汚いものだ。
仙厓和尚は「屁なりとて、あだなるものと思うなよ、ブッという字は仏なりけり」と言われました。 これは笑い話でしょうか? しかし同じように、とある修行僧が一休さんに「どうしたら仏になれますか?」と聞くと、尻をまくって大尻を出して、「仏はここで...
