2025年– date –
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その他
いつも100の仏をいただいている。いつも救われている。
人の世界には貧富の差があります。あるいは性格の差、境遇の差、容姿の差、能力の差、頭脳の差。 こうした様々な差があります。 さらにそのような「人としての差」以外にも、今置かれている実状況においても差が生まれたりします。 例えば毎日の通勤電車。... -
その他
仏の命として繋がっているとは?「雑草」という名前の草花はない。
今『雑草』に関して辞書を引くと、 我々人間の望まない場所に生える植物の事 とあります。ひどいものです。 人間からすればその草は雑草か、雑草でないか。或いはそれは部屋に飾ることのできる綺麗な花か、そうじゃないか。せめて食べられるものか、それと... -
その他
仏道とは?
「仏道」とは仏の道と書きます。 そもそも「仏」とは何か?「仏」とは我々のことです。 またそれは、 この世界の確かなことです。 例えば自分の屁は自分でこかなければいけない。肌をつねれば痛い。足を組めば痛い。こうした確実な要素が仏であり、それは... -
その他
仏法に気づいてからが本当の人生の始まり。成仏すること。蕾は咲かさなければならない。
「眼横鼻直」。 これは道元禅師のお言葉です。目が横に鼻が縦に付いている。という我々の体にあっては、「当たり前」のことを述べられているわけですが、しかしこれが「全て」だったというんですね。仏道の全てだったというのです。 中国へ渡りそこで5年も... -
その他
「事実」が仏法。今ここ、全てが仏法。
ある人が言われた言葉に「自分というハンドルは自分でしか握れない。」というものがあります。 また道元禅師は「眼横鼻直」という言葉を残されております。 これこそが真実だった。仏法の全てだったということですね。 今回は今述べたこの「2つのこと」に... -
その他
我々の使命は仏道を歩むこと。「成仏」すること。
「また大きく出たな」と、そんな批判の声が聞こえてきそうですが、今回もお付き合いください。 いつの時代でも、そこにある「悩み」。生きていく以上、我々に悩みは尽きません。 しかし、もし「正しい生き方」というものが分かれば、それも軽減できるはず... -
道元禅師に学ぶ
『永平広録』第472段の上堂
今回は道元禅師がおしるしになられた「永平広録」の第472段の上堂を参究します。 『永平広録』第472段の上堂 『永平広録』第472段の上堂 上堂。挙す。三祖大師云く、「至道無難唯嫌揀択」と。這箇を見聞して知らざるものは則ち云く、「諸法善悪なし、一切... -
道元禅師と真実
地球が滅亡しても大丈夫。なぜそう言えるか?
本記事をお読みになる前に、以下の記事にお目通しいただくと今回の内容がわかりやすいと思います。 今、我々の住まう地球。その地球が今危機に瀕していると言います。 そこで人間はこれまでの過ちを悔やみつつ、今後の地球のためにサステナブル活動を積極... -
その他
生きているだけでいいと伝えるもの。「仏教」とはこれ。涙の正体とは?
私は「仏教」を信じております。その「仏教」とは何か? 一言で言えばそれは「絶対的事実のこと」だと思っています。問答無用で腹が減る。問答無用で食べたものを消化し、排泄する。問答無用でカラスの声やストーブの音が聞こえてくる。自分の屁は自分でこ... -
道元禅師に学ぶ
『永平広録』第471段の上堂/概念に関して(改訂)
今回は道元禅師がおしるしになられた「永平広録」の第471段の上堂を参究します。 参考URL: 『永平広録』第471段の上堂 『永平広録』第471段の上堂 上堂。云く、問あり答あり、屎尿狼藉す。問なく答なし、雷霆闢靂す。十方大地平沈し、一切虚空迸裂す。 初...
